ドラムは噪音楽器なのでチューニングは自由であると言われますが、日頃耳にするドラムのチューニングはおおよそ決まっています。それらを聴いてきたドラマーたちの頭の中にも「ドラムはこんな音」というイメージが出来上がっているはずです。
ですが楽音楽器のような「チューナー」というものがこれまで存在しなかったために具体的なドラムのチューニング方法が伝聞されず、ドラムのチューニングというものが耳の肥えたドラマーやドラムチューナーだけの「秘密のテクニック」になってしまっていました。
ところが2012年にOvertone Labs社から世界初のドラムチューナーが発売され、ようやく言葉や文字でドラムのチューニング方法について共有することができるようになりました。
そこでドラムのチューニングについて悩んでいる人の一助となるよう「標準的な」ドラムチューニングの具体的な方法をここで紹介します。
これから紹介するチューニングを再現するにはまずtune-botを用意してください。またこの動画を見てtune-botの使い方を学んでおいてください。
ヘッドを張る際の注意点
最近のドラムシェルやフープ、ヘッドは精度が高くなっていますがそれでもメーカーやモデルごとに微妙な寸法の違いがあり、ドラムシェルとヘッドのサッシ、ヘッドのサッシとフープ の間に遊びが生じることがあります。その遊びは円周上に均等に配分してシェルとヘッド、フープを同心円に配置しないとヘッドを最大限に発音させるチューニングはできません。
シェル、ヘッド、フープを同心円に配置する方法についてはこちらの動画を参照してください。村上敦宏氏がその方法を紹介しています。(27分頃から)
テンションボルトを対角線で締めるのはヘッドを張る過程でこの「同心円」を崩さないためです。
ヘッドの張り方
まずタムを座布団の上などにおいて裏側のヘッドを完全にミュートした状態にします(裏面ヘッドを手で触れる程度では足りません)。そしてチューニングしたい上のヘッドの テンションボルト付近(1~3cm)を叩いて(*)その倍音のピッチがどのボルト付近でも同じになるように張っていきます。均等に張ることはヘッドを最大 限振動させるのに重要なことです。それをあえて崩すといい音がするなどという人がいますが、それではヘッドがしっかり振動しないためにダイナミクスが小さくなりますし、叩く場所によってピッチが変わるという問題も生じます。
望むピッチまでまだ遠い場合一箇所のボルトのみを大きく回すことは避けましょう。『同心円』が崩れます。せいぜい90度まで。ここでも対角線で締めていくルールを守りましょう。
tune-botの使い方動画ではtune-botを装着する場所が固定されていますが、微調整をする段階では調整するボルトの隣りにtune-botを装着しましょう。離れていると誤差が生じます。また叩く位置とtune-botの位置関係も等しく。叩く位置の右側と左側で測るのでは計測値が異なることがあります。
ピッチの誤差がプラスマイナス0.5Hz以内に収まれば完了です。
反対側のヘッドも同様にチューニングします。
(*)tune-botの使い方動画ではスティックで叩いていますが、新品のヘッドが演奏前に傷だらけになるのは気持ちよくないことと、安定した倍音を出すためにマレットを使いましょう。
タムのピッチについて
前項でチューニングに使った『テンションボルト付近から出る倍音』はタムを演奏時に「ドン」と叩いたときに大きく出る『基音』とは違います。(基音とは一番低い倍音でタムの音の主たる部分です。tune-botではこれをファンダメンタル・ノートと呼んでいます。)
『チューニングに用いる倍音』と『基音』には以下のような関係があります。
(『打面の倍音(Hz)』+『裏面の倍音(Hz)』) X 約0.275 = タムの『基音』
(『約』としたのは打面と裏面のピッチ差や胴の深さによってこの定数が上下するためです。)
実はタムのチューニングで一番重要なのはこの『基音』を何にするかです。
タムらしい音とはフォルテで叩いた時、素早くピッチダウンして基音に落ち着くとともに対数曲線的に減衰する音です。そのような音になるヘッドのテンションは限られています(*)。弱くても強くても崩れてきます。すなわちタムの口径によって適切なピッチは限られているのです。
(*)ヘッドのテンションを測るTAMAのテンションウオッチはこの点では理に適ったチューナーなのですが、精度があまり高くないのが難です。
YouTubeにいい感じにチューニングをしているサンプル動画があったのでこのチューニングをもとに望ましい『基音』を説明していきましょう。
タムのサイズは8"、10"、12"、14"、16"と2インチ刻みです。その『基音』のピッチは概ね以下の通りです。
8"=3F (175Hz)
10"=2B (123Hz)
12"=2G (98Hz)
14"=2C (65Hz)
16"=1A (55Hz)
隣りのタムとの音の高さの差(音程)は高いほうから順に半音6つ分、4つ、7つ、3つとかなりばらついています。
巷では音程を半音5つ分(完全4度)とか3つ分(短3度)にし、複数のタム(フロアタムも含む)では均等にするのが好ましいなどと言われていますがばらついていても意外と気になりませんよね。均等にこだわる必要はないということです。
タムのサイズが2インチ大きくなる毎に半音5つ分(完全四度)ずつピッチを下げていくと隣合うタムのテイストが近いサウンドになります。各サイズのタムのチューニングピッチはこの音程が基本です。
8"=3G (196Hz)
10"=3D (147Hz)
12"=2A (110Hz)
14"=2E (82Hz)
16"=1B (62Hz)
18"=1F#(46Hz)
それぞれのサイズのタムが「タムらしい音」になる好ましいピッチはおおよそ、
8"=3G~3D# (196~156Hz)
10"=3E~3C (165~131Hz)
12"=2B~2G (123~98Hz)
14"=2F#~2D (92~73Hz)
16"=2C#~1A (69~55Hz)
18"=1A#~1F#(58~46Hz)
です。この範囲を外れると「タムらしい音」でなくなっていきます。(ジャズのハイピッチチューニングを「タムらしい音」というのであればもうちょっと高いピッチでもOKということになります。)すなわち音色を重視すると口径によって許容されるピッチは限られていると言うことです。
上の表を見ると「タムらしい音」を出すためのピッチの範囲は結構狭いことがわかります。ですからチューニングのビギナーが「勘」でチューニングしたのでは「変な音」になってしまうのが納得できるでしょう。
上下のヘッドのピッチ差について
各サイズごとの好ましい基音のピッチはわかりましたが、では上下ヘッドをどのようにチューニングすれば目指す基音になるのでしょうか。
前項で述べたように打面ヘッド、裏面ヘッドの倍音の和とタム全体が発する基音とは以下のような関係があります。
基音のピッチ(Hz)x3.64=上下ヘッドの倍音の和
例えば2Aにチューニングしたい場合は2Aは110Hzですから上下ヘッドの倍音の和は
110X3.64≒400
これを上下ヘッドにどう振り分けるかは自由なのですが、実は
打面ヘッドのピッチ≧裏面ヘッドのピッチ
にすると音量がやや下がる上に非常に耳障りなうなりが生じるのです。なので、
打面ヘッドのピッチ<裏面ヘッドのピッチ
とするのが定石なのです。
以下の動画で 実際に『打面<裏面』、『打面=裏面』、『打面>裏面』、それぞれの音色の違いを聴いてみてください。
打面<裏面が適切ということはわかりましたがではその隔たり(音程)はどのくらいにしたらいいでしょうか。試しに2つの周波数比が簡単な整数比であるほど調和しやすいという和音の理論に基づいて上下ヘッドの倍音周波数を設定してみましょう。
①2:3(純正律での完全五度)
打面=160Hz 裏面=240Hz
②3:4(純正律での完全四度)
打面=171Hz 裏面=229Hz
となります。実際の音声サンプルを聴いてみてください。
① 2:3チューニング例
② 3:4チューニング例
・・・聴感上の違いはほとんど感じられませんね。ではさらに12インチのタムで完全五度(2:3)から短二度(15:16)まで音色を比較してみましょう。
耳を澄ませて聴くと打面ヘッドから出る倍音が次第に高くなっているようですが、アンサンブルの中ではほとんど聞こえないような微細な違いです。
すなわち打面<裏面というルールさえ守ればピッチ差を大きくしようが小さくしようが音色に然したる違いはないということです。
タムの音色は何で決まる?
結局のところタムの音色は
①どんな口径のタムをどんなピッチにチューニングするか
②トップとボトムのピッチバランス
③どんなヘッドを張るか(特に打面)
④どんなマフリングを施すか
この4つで大方は決まってしまいます。つまり、
*胴の深さ
*シェルの材質
*ベアリングエッジの形態
*リムの材質
といった要素が音色に与える影響は微々たるものです。
ましてやメーカーによる違いはほとんどありません。
ですから
動画やCDでお気に入りのタムサウンドを見つけ、それを真似たいと思ったら
タムの口径
使用しているヘッド(トップだけでOK)
チューニングピッチ
マフリング方法(ノーマフリングのケースが多い)
を割り出せばほぼ再現できるということです。
あのサウンドはラディックだから、ソナーだからなどというのは迷信です。
おまけ
チューニングをあれこれ試すのは面倒、という人にセット構成ごとに推奨チューニングを挙げておきます。
10" + 12" + 16"
10" 打面(202Hz)/裏面(304Hz)・・・3C#
12" 打面(152Hz)/裏面(227Hz)・・・2G#
16" 打面(101Hz)/裏面(152Hz)・・・2C#
12" + 13" + 16"
12" 打面(180Hz)/裏面(270Hz)・・・2B
13" 打面(135Hz)/裏面(203Hz)・・・2F#
16" 打面( 90Hz)/裏面(135Hz)・・・1B
12" + 16"
12" 打面(161Hz)/裏面(241Hz)・・・2A
16" 打面( 95Hz)/裏面(143Hz)・・・2C
13" + 16"
13" 打面(152Hz)/裏面(227Hz)・・・2G#
16" 打面( 95Hz)/裏面(143Hz)・・・2C
お試しあれ。
Weckllover Drums Laboratory ~ドラム研究所~
チューニング方法などドラムにまつわるあれこれを記しています。
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2021.01.24 08:55